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2012.2.「地獄めぐり」(Up to Hell and back down again)

最終更新日: 03/02/2012 // 「良い外交官は、実に愛想よく相手に地獄行きを勧めることができる」と皮肉を込めて評する人々がいます。その気の毒な相手は、ワクワクと楽しみにしていた行き先が、実は地獄だったことに、着いてみて初めて気付くというわけです。

1月半ば、船とバスを乗り継ぎ熊本から長崎まで旅をした私は、何と複数の「地獄」をめぐる機会を得ました。「地獄」に登って一泊した後に、閻魔さまからの退出許可も得ないまま、「地獄」を出て九州の旅を続け、今こうして東京のオフィスに戻り旅の様子を皆様に報告しています。

熊本の蒲島知事、西島副市長、(そしてマスコットの「くまモン」)を訪問し、地元のノルウェー友好協会の方々とも再会し、さらには熊本城の壮大さに感銘を受けた後、島原へとフェリーで向かいました。フェリーを追ってくるカモメに餌をやり、岸に近づくにつれて見えてくる雲仙岳の見事さに感嘆しました。

島原半島世界ジオパークは、実に訪問する価値のある場所です。自然の力強さ、そして人間に対する破壊力を思い知らされます。そこから妻とともに、勇気を出して雲仙岳の温泉へと向かいました。雲仙普賢岳は最近では1990年に噴火し、43人が亡くなっています。この火山のクレーターは、噴火していなくても「地獄」と呼ばれており、その温泉は西暦700年代から仏教徒の隠遁地となり、仏教徒の地獄の概念を例示するものとされてきました。

その後「地獄」は、キリシタンの拷問と処刑目的で使われるようになりました。1600年代に、大名の松倉重政が異教としてキリスト教を弾圧したためです。キリシタンは熱湯攻めにされ、信仰を捨てて地獄から日常生活に戻るか、または信仰を守り、生きたまま灼熱の「地獄」に入れられて永遠の苦しみを味わうかの選択を迫られました。

プライベートでの地獄めぐりの宿として、居心地の良い旅館で一泊した後に、硫黄臭の漂う幾つかの小地獄を訪れました。特に「八万地獄」は印象深いものでした。仏教の経典によると、人間は84,000までもの罪を犯す心を持っています。このような罪を実際に犯し、地獄行きを宣告された者は、84,000の苦しみを受けることでその罪を償わねばならないそうです。自業自得ということなのでしょうが、時々悪いこともするわが身を振り返ると、これは有難くない話です。

その他にも「大叫喚地獄」があり、摂氏120度の蒸気が40メートルの高さまで吹きあがり、地獄に落ちる死者の苦痛の叫びにも似た音が地の底からずっと聞こえていました。私はこの地獄に落ちた人々に同情を覚え、同じ運命は辿りたくないものだと思いました。その近くには「邪見地獄」という地獄もあり、何と便利なことに、この地獄から取った水は、嫉妬によって引き起こされた問題の解決に効くそうです。

地獄めぐりをするときには、婆石と鏡石のところで反省することをお勧めします。鏡石は、死者が善人だったのか悪人だったのかを判別する力を持っています。死者のふりをすれば、葬頭川の婆石に座っている閻魔大王と出会うはめになる前に、自らのこれまでの行いを悔い改める方法を見つけられるかも知れません。

「気づき」と「不安」の入り混じる朝の地獄めぐりから居心地の良い旅館へと戻ると、雲仙の温泉に注意深く足を入れ、硫黄臭のするとても熱いお温につかって、様々な思いをめぐらせたのでした。

アルネ・ウォルター


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