イプセンと写実主義

最終更新日: 15/10/2009 // イプセンが1877年から1882年にかけて出版した『社会の柱』、『人形の家』、『ゆうれい』、『人民の敵』は、写実主義現代劇、あるいは問題劇といわれています。これらの戯曲がそのように呼ばれるのは、次の4つの特徴を持っているためです。

  1. 社会問題をテーマとしている。
  2. 社会批判の視点を持つ。
  3. 劇の時代設定を現代にしている。
  4. どこにでもいる人物、どこでもある状況を描いている。

テーマとしての社会問題
デンマークの文芸批評家ゲーオルグ・ブランデス(1842~1927年)は、北欧諸国での写実主義の飛躍をもたらした偉大なパイオニアです。彼は1871年、コペンハーゲン大学で、「19世紀文学の主流」と題してシリーズで講義を行いました。この講義の中で、ブランデスは、社会批判的写実主義とよばれる新しい文学の形式について次のように述べています。

「現代文学は社会問題をテーマとして論じるということで、それ自体が生きた演劇となっている。例えば、ジョルジュ・サンドは男女間の問題、バイロンとフォイエルバッハは宗教、プルードンとスチュアート・ミルは所有、そしてツルゲーネフ、シュピールハーゲン、エミール・オジェは社会的諸条件をそれぞれテーマに取り上げ問題にした。こうした問題をテーマとして扱わないとすると、文学の意義はすべて失われてゆくということだ。」

ノルウェーにおける社会批判的写実主義を代表する作家は、イプセン、ビョルンソン、リー、ガルボルグ、ヒェッラン、スクラムですが、彼らは皆、ブランデスから影響を受けました。冒頭に上げたイプセンの4作品では、ブランデスが一例として引用したいくつかの社会問題が取り上げられています。男女間の問題は『人形の家』と『ゆうれい』のテーマです。『社会の柱』と『人民の敵』で描かれているのは、社会道徳、多数派の横暴、営利的な目論見と一般的な社会的配慮、あるいは環境上の配慮との軋轢など、社会の至るところで見られる状況です。

社会批判の視点
イプセンは自らが執筆した写実主義演劇の中で、社会の否定的な側面、偽善や欺瞞、暴力の行使、ごまかしなどを容赦なく暴露しようとし、真実と自由をたゆまず求め続けました。「真実」「束縛からの解放」「自己実現」「個人の自由」がキーワードです。『社会の柱』の最後のセリフに「真実の精神と自由の精神-これが社会の柱です」とあります。『ゆうれい』では、結婚とキリスト教というブルジョワ社会を支える柱を明るみに引き出してこれを批判し、近親相姦、性病、安楽死という典型的なタブーを次々に取り上げていきます。このため、イプセンと思想を同じくする人々は、当時、問題児として見なされ、彼等の作品は激しい論争や大きな騒ぎを引き起こしました。後になって考えると、これらの作品の中には、その後のさまざまな社会運動に大きな影響を与えたものがありました。例えば、世界中のほぼすべての文化活動で、『人形の家』ほど女性の解放に大きな影響を及ぼした文学作品はありません。

同時代性の視点
イプセンが『社会の柱』を含めてそれ以降執筆した作品の舞台設定はすべて同時代の社会です(従って、現代劇と呼ばれます)。写実主義文学の代表的作家たちは、自分たちが現実に生きている時代を描き、自分たちの作風がほかとは違うことを意図しました。民族的ロマン主義様式の歴史劇は時代遅れとなりました。

ギリシア・ローマの神々や英雄、ローマ皇帝や各国国王たちの代わりに、「あなたや私のような」普通の人々が主役を演じるようになりました。演劇の舞台は全体として、その時代の特徴を刻みつけることになりました。

イプセンが『人形の家』に最初につけた解説(1878年10月19日付)には「現代悲劇についての解説」というタイトルがついています。「現代悲劇」という言葉は状況をよく描写しています。

この戯曲でイプセンは、古典的な悲劇という演劇形態を現代的な題材に当てはめて表現しようとしました。イプセンは『人形の家』で、形式面では、大胆な実験を試みていません。例えば、時間、空間、行動という古典演劇の三要素一致の原則は維持しています。イプセンの新機軸は、登場人物の間の対立に現代的な題材を取り入れたこと、つまり舞台上で起きていることに時事性があるという点です。

どこにでもいる人々とどこでもある状況
1883年8月22日、ヘルシンボリ(Helshingborg)での『ゆうれい』初演は、北欧・ヨーロッパにおける彼の最初の公演でした。この上演準備中にあったスウェーデン人演出家August Lindbergに宛てた手紙でイプセンは次のように書いています:

「セリフは自然に聞こえるようにし、演技は劇中の登場人物それぞれの特徴を表現するようにして下さい。ある人物が別の役者と同じように振舞うことがないようにして下さい。この点については、リハーサルで手直しすることがたくさんあるでしょう。役者の台詞が不自然でぎこちないときは聞いて直ぐわかります。ですから、何度も演技を変えさせ、セリフが真実に迫り、現実に起きていることだと実感させるようになるまで繰り返す必要があります。劇の印象というものは、概して、客席に座っている観客が自分の目の前で、現実の生活が繰り広げられていると感じられるかどうかにかかっています。」

イプセンが現代劇の制作で最も心を砕いたのは、劇の観客や戯曲の読者が、劇中の一連の出来事は自分たちの身にも容易に起こりうるものと感じてもらうようにすることでした。このため、劇中登場人物の話し方や行動は、自然でなければなりませんでしたし、日常生活で起こりうるような場面設定が必要でした。登場人物は、『ブラン』や『ペール・ギュント』の場合のように、韻文調で語ることはなくなり、『ヘルゲランの勇士たち』のような独白や、傍白、押し殺したしゃべり方は用いられなくなりました。写実主義演劇は、観客に現実を見ているような錯覚を与えるものでした。


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