アート

Thorvald Hellesen: Komposisjon, ca. 1912-1914, Oil on canvas

20世紀に入ると、ノルウェーの絵画はその時代のフランスの絵画とかなり密接に繋がりを持ち、こうした関係は1960年代まで続きました。これは、明るく彩色豊かで強烈な印象のThorvald Erichsenの作品を見れば明らかです。おそらくはボナール(Bonnard)の影響と見られますが、ノルウェーの写実主義とは最もかけ離れたものになっています。 もう一人の重要な画家、Ludvig Karsten(1876~1926年)は美術評論家には後期印象派として知られていましたが、フランスの画家たちの影響は明らかで、さらにムンクの作品からも多大な影響を受けていました。1909年には、数多くのノルウェーの画家がマチスに師事しました。このうち主な画家は、師のマチスの技法を独自な解釈で展開したHenrik Sorensen(1882~1962年)、より忠実にマチスの様式を受け継いだJean... 更に読む

ノルウェーの画家は、1965年になって初めてフランス絵画との強い繋がりを絶ち、今度はイギリスやアメリカなどの美術界に関心を向けるようになりました。1960年代後半にはHåkon Bleken(1929年~)とKnut Rose(1936年~)が、従来のノルウェー絵画技法の厳格な体系をより具象的・物語的な様式に変えるという課題に取り組みました。また、彼らと同じグループのJens Johannessen(1934年~)はモダニズムと袂を分かち、装飾的要素の強い作品を作りました。 アメリカン・ポップアートの強烈な影響はすぐにノルウェーにも波及し、革命的で批判精神の強い具象表象技法の発展を促しました。画家たちは今や、ベトナム戦争、第三世界の開発問題から、EU加盟についての1972年国民投票などのさまざまな国内問題まで、それぞれの考えを作品に表現するようになりました。 Per... 更に読む

Tiedeman/Gude: Brudeferden i Hardanger (‘Bridal Voyage in Hardanger’)

 1830年代にドレスデンがドイツ精神中心としての地位を失ったために、J.C.Dahlに続くノルウェー人画家たちはデュッセルドルフに活動の拠点を移しました。「デュッセルドルファー(Dusseldorfers)」と呼ばれたこの世代の画家たちは、絵画をノルウェーの一般の人々にとってより親しみやすいものにしました。彼らの活動は、ノルウェー美術史にいう民族派ロマン主義という名で知られました。この時代は、Adolfph Tiedeman(1814~1876年)とHans Gude(1825~1903年)の作品と強く結びついています。二人が共同制作した油絵作品、Brudferden i Hardanger(Bridal Voyage in Hardanger)はノルウェーそのものを象徴する作品として今でも定評があります。テレマルク地方の野生動植物を描いたAugust Cappelen(182 更に読む

Christian Krohg: Albertine i politilægens venteværelse (Albertine at the Police Doctor's Waiting Room), 1886-87

1870年代後半の数年間、若いノルウェー人画家たちがミュンヘンを拠点として活動しました。彼らは後に写実主義画家として活躍しましたが、その中には Hans Heyerdahl(1857~1913年)、Kitty L Kielland(1843~1924年)、Harriet Backer(1845~1932年)、エーリク・ヴェレンショルド(1855~1938年), Christian Skredsvig(1854~1924年)、Theodor Kittelsen (1857~1914年)、Gerhard Munthe(1849~1929年)がいます。1880年代、彼らはパリに移り、パリがノルウェー人画家たちの新たな拠点となりました。パリには後に二人の重要な画家、Christian Krogh(1852~1925年)と Fritz Thaulow(1847~1906年)が加わります。 二人... 更に読む

John Savio: Reinkalver. Linocut, 18x26 cm

ノルウェーでグラフィック・アートが発展したのは、エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch)が版画やエッチング、リトグラフなどのさまざまな技法を用いて制作を始めた1895年以降のことです。しかもムンクは海外に住んでいたために、彼の作品は祖国においてすぐには認められませんでした。したがって、彼のグラフィック・アートの技法は他のノルウェー芸術家の作品に影響を与えてはいないのです。それから数年を経て、ニコライ・アストルップ(Nikolai Astrup)が彩色版画を用いて独特のスタイルを発展させ、ヨハン・ノールハーゲン(Johan Nordhagen)がRoyal Academy of Arts and Craftsで教鞭を取り(1899年)、ノルウェーのグラフィック・アート指導の基礎を固めるという重要な役割を果たしました。20世紀前半の最も著名なノルウェー人グラフィック・アーティスト... 更に読む

Jacob Munch: Coronation of King Carl Johan in Nidaros Cathedral 1818, 1822

19世紀はノルウェー絵画にとって新しい時代の始まりの世紀といえます。18世紀末から19世紀初めにかけて、上流階級の人々の間で肖像画が大流行し、多くの肖像画家が暮らしの糧に金持ちや有力者の肖像を描いていました。Jacob Munch(1776~1839年)は数々の作品を残した偉大な肖像画家で、厳格かつ精確な肖像画の画法を守りました。彼の次の世代を率いたのは Matthias Stoltenberg(1799~1871年)でした。彼の作品はソフトながらビーダマイヤー様式(やや型にはまった感じ)のものでした。 その後1850年代になると、写真の技術が導入されたため、肖像画家たちは職を失うことになります。それに伴い、それからの数十年間は風景画が重要な位置を占めることになりました。デンマークからの分離直後のノルウェーは経済状態が悪く、美術を支援する環境は整っていませんでした。新しいオスロ大学に... 更に読む

 第二次世界大戦の経験が政治的に目覚めた若いノルウェー人画家の作品に影響を与えたのは、戦後の一時期だけでした。戦後まもなくこれらの画家たちは、抽象画や非具象絵画という国際的な潮流に加わりました。この戦後世代は、ナチスやファシストが悪用した技法上の区分けに縛られることなく、さまざまな表現法を用いました。ノルウェーの人々の間には強い抵抗がありましたが、抽象画法は1960年代から発展しはじめました。この頃の主な作品はLudvig Eikaas(1920年~)、Jacob Weidemann(1923年~)、Knut Rumohr(1916年~)、Tore Heramb(1916年~)、Gunnvor Advocaat(1912~1997年)、Anna Eva Bergmann(1909~1987年)、Finn Christensen(1920年~)、Inger Sitter(1929年 更に読む