Wanghari Maathai receiving the Nobel Peace Prize for 2004. 
写真: Pierre de Brisis /MFA Norway.Wanghari Maathai receiving the Nobel Peace Prize for 2004. 写真: Pierre de Brisis /MFA Norway

ノーベル平和賞

ノーベル平和賞は、スウェーデン産業界の大富豪で、ダイナマイトの発明者であるアルフレッド・ノーベル(Alfred Nobel、 1833~1896年)により創設されました。彼は亡くなったとき、すでに100近い工場を傘下に持つ大企業組織を築き上げており、世界的な富豪の一人に数えられていました。
ノーベルは独身で子供もいなかったので、遺言を残し、所有する工場は、死後売却して収益を信託財産として管理するよう指示しました。またこの遺言により、信託から生じる利子収入は毎年「その前年に人類のため最も大きな貢献をした人々」に提供されることになりました。ノーベル賞の授賞対象となる5つの分野のうち、文学賞、物理学賞、化学賞、医学・生理学賞はスウェーデン側が決めますが、平和賞を授与する名誉はノルウェーの国会であるストーティングが任命する独立委員会に与えられました。

ノーベルが平和賞受賞者を決める役割をノルウェーに委ねたことには、いくつかの理由があります。遺言を遺した時点では、スウェーデンとノルウェーはまだ同君連合を組んでいました。また、ストーティングは、国際的な紛争が全面的な戦火に拡大しないよう軍縮や調停を行う、といった新しい「平和」という概念を現実の国際政治で追求していました。
ストーティングはノーベルの遺言の内容を受け入れ、ただちに実行に移しました。1897年にノルウェー・ノーベル委員会の初代委員5名が任命され、1901年に同委員会は、赤十字を創設したスイス人のアンリ・デュナンと、フランス人で平和活動家のフレデリク・パシーを第1回ノーベル平和賞受賞者に選出しました。

ノルウェーのノーベル賞選考機関
ノルウェー・ノーベル委員会の委員5人はストーティングが任命しますが、委員会それ自身は完全に独立した組織として活動します。この名誉ある任務は、通常、元国会議員や、その他優れた社会的功績が認められるひとびとの中から選ばれます。

ノルウェー・ノーベル・インスティテュートは1904年に設立されました。所長はノーベル委員会の事務長を兼務します。ノーベル・インスティテュートの主な仕事は、平和賞候補者についての情報をできる限り収集し、ノーベル委員会が受賞者を選考するにあたり、最高の環境を整えることです。

候補者推薦の締め切りは毎年2月1日で、特定の資格を有する人々が候補者の推薦をします。推薦の手続き終了後、ノーベル委員会は授賞資格のある候補者名簿を作成し、候補者の選考を始めます。ついで、委員会顧問や専門家が候補者全員について詳しい報告書を作成します。この報告書をもとに委員会は更に審議を重ねます。

ノーベル委員会は毎年10月中旬に受賞者の名前を発表します。平和賞は個人に限らず、団体も受賞対象になります。また、最大3人まで同時に受賞することができますが、これは受賞理由が同一の場合に限られます。平和賞の授与式は、アルフレッド・ノーベルの命日にあたる12月10日にオスロ市庁舎で行われます。受賞者には金の記念メダル、賞状と賞金が授与されます。2004年の賞金額は1,000万クローナ(スウェーデンクローネ)でした。

平和賞の権威
平和賞と同様の賞は他にも数多くありますが、ノーベル平和賞は他に類のない特別な地位を占めています。オックスフォード現代世界史辞典では、ノーベル平和賞を「平和の維持に対して与えられる世界で最も名誉ある賞」と記述しています。

ノーベル平和賞の評価がこのように高いのはいくつか理由があります。賞を授与する基盤があり、毎年相当額の賞金が授与され、更に、他の分野も含めたノーベル賞が、全体として歴史的および国際的に高い評価を受けてきたということもあるでしょう。ノルウェー・ノーベル委員会の決定には、自由を尊ぶ西側の価値観が反映されており、それにより平和賞の国際的評価が損なわれた例はありません。

加えて、同委員会は平和の概念について柔軟な考え方を持っており、アルフレッド・ノーベルの遺言を広く解釈しています。この数十年の間、ノーベル委員会は、平和賞が真に地球的視野を持つようになるよう努めており、例えば、中東や北アイルランド紛争の主だった当事者を集めるなど、和平プロセスを促す努力をしています。


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